追われる国の経済

主流派経済学の誤謬

 主流派経済学は「民間部門は利益を最大化する」ことを前提としている。
 この前提のもとでは、金利を引き下げれば、必ずお金を借りて投資をする企業や家計が現れる。投資が増えれば、景気はよくなるはずだ。しかし、現実には、各国の中央銀行が量的緩和政策を実行し、超低金利となっても景気回復したとは言い難い。

民間部門は必ずしも利益最大化を目的とはしないのでは?

工業化の3段階

 経済の環境は、各国が工業化のどの段階にあるかで大きく異なり、それにより有効な経済政策や労働環境等も異なる。工業化の段階は以下の3段階に分けることができる。

第一段階

 ルイスの転換点(=工業化によって農村部の余剰労働力がすべて都市部の工場に吸収されつくした時点)に到達する以前の経済。
 人口の多くは、農村で暮らしており、一部のエリートを除く大半の国民は、農村から都市部に出ても資本家に労働力を提供するだけで生活水準は改善されない。都市部で働きたい余剰労働力が多くいるので、労働者の賃金は上がらない。
 投資の大半は、資本家の自己資本で賄われる。所得分配は資本家に有利で経済成長するほど資本家と労働者の格差は広がる。
 1960年までの日本は、この段階にあった。特に、戦前は財閥が巨万の富を蓄積する一方で、国民は貧しかった。
 この資本家と労働者の格差が経済成長するほど拡大するという傾向が永遠に続くと国民が思うと共産主義が魅力的にみえ、流行る。

第二段階

 ルイスの転換点(=工業化によって農村部の余剰労働力がすべて都市部の工場に吸収されつくした時点)に到達した後の経済。
  第一段階において儲けた資本家が投資を拡大し続けると、都市化が一巡し農村に余剰労働力がなくなる。労働力が希少になるので、賃金が急速に上昇していき、資本家と労働者の格差は縮小する。また、労働者は資本家との交渉権を得る。
 資本家は、高い賃金を支払っても利益が残るように生産性を高めるため、また国民の賃金が上がることで増した需要を満たすために投資を増やす。
 上記のため、消費と投資が拡大し、経済は急速に成長する。
 資本家が生産性を高めるための投資をするため、労働者一人一人の技能が改善しなくても、労働者の生産性は高められ、豊かな生活を送れるようになる。
 政府の税収も急増するので、様々な福祉を提供できるようになる。
 1960年から1990年までの日本は、この段階にあった。真面目に働けば、豊かな生活を送れるだけの賃金を得られるので、誰も共産主義に関心を示さなくなる。

 主流派経済学は、この段階の経済を前提としている。
 景気が一時的に悪くなったとしても、お金を借りて投資を拡大させたい経済主体が多くいるため、金利を下げれば、投資が拡大し経済は回復する。(金融政策の効果が絶大)
 逆に財政政策は、金利を上昇させ、民間の投資を減少させる(クラディング・アウト)ので、効果がない。そのため、政府は財政赤字を減らし、金融緩和を行うのが良い。
 

第三段階
 賃金が上昇すると、海外との競争が激しくなり、賃金は頭打ちになる。
 国内の資本収益率が海外と比べて低いため国内に有効な投資先が存在しない。また、バブルの崩壊によりバランスシートが毀損したあるいは毀損した経験がある経済主体は借金を避ける傾向にある。(主流派経済学の前提が変わる瞬間)

民間部門は債務の最小化を目的としはじめる

 資本家は海外の高い資本収益率を求めて海外移転を進める。国内で借金して投資をする経済主体が不在になるので、景気は悪化する。
 この段階においては、海外で容易に代替できない高度な技能がある労働者、または海外の成長を利用した労働者を除くと賃金は横ばい、場合によっては減少する。

 どの経済主体も借金を増やそうとはせず、稼いだ所得の多くは借金の返済および貯蓄に回す。この経済行動は、個々の主体にとっては合理的かもしれないが、全員が同じ行動をとると全員の所得が急速に減少していく。

 上記の現象をわかりやすく説明するために2人のみで成る経済を考える。ある年にAさんが1千万円を支払いBさんから財・サービスを購入し、またBさんも受け取った1千万円を使ってAさんから財・サービスを購入したとする。この場合、AさんとBさんの所得は2人とも1千万円である。次にAさんとBさんが突然貯蓄を始め、所得の1割を貯蓄したする。この時、AさんはBさんに9百万円支払ってBさんから財・サービスを購入し、Bさんは8.1百万円を使って、Aさんから財・サービスを購入する。この例では、AさんとBさんの所得はそれぞれ8.1百万円、9百万円に減ってしまう。このように所得が1千万円→9百万円→8.1百万円→・・・と急速に所得が減少する現象をデフレスパイラルといい、政府がこれを放置すれば急速に所得が減少する。

 金融政策で金利を下げても、民間部門は債務の最小化することを最優先しているから借金をしようとは思わない。民間部門が借金をして投資しなければ、実体経済に資金が還流されず経済効果はない。
 そこで、政府は最後の借り手として民間の余剰資金から借金をして、財政出動で資金を還流する必要がある。先の例でいえば、Aさんが貯蓄した1百万円を政府が借りてBさんから財・サービスを購入する必要がある。そうすればBさんは1千万円の所得を得られる。(Bさんの貯蓄も同様)これを怠れば、デフレスパイラルは避けられず、その国の経済はより大きな傷を負う。その際に、クラウディング・アウトや財政赤字を気にしてはいけない。なぜなら、財政出動をして金利が上がったとしても、そもそも民間は借金して投資をすることができていないのでクラウディング・アウトは起こらない、また、金利が0近傍まで下がっているので、収益率が金利を上回る公共投資が多く存在し、財政赤字は国民の負担にならないからだ。しかし、民主主義国家において不況時に政府が財政赤字を拡大することを認めるのは容易ではない。

 長期的な視点でいうと、国内の投資を再拡大するため、構造改革が必要になる。特に、規制緩和や減税が必要である。

まとめ

 現在、日本も含めて先進国はすべて第三段階にあるので、第二段階にあることを前提とする経済政策は有害である。先進国が引き続き経済を成長させていくためには、①経済が回復して再び借り手が増えるまで財政出動を継続し、デフレスパイラルに陥ることを避けること、②構造改革により資本効率性を高め、国内に投資を呼び戻すことが必要である。

(参考)

「追われる国の経済」リチャード・クー

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